おいしいはずの食事が苦痛に変わるとき|私はがん病態栄養専門管理栄養士です 文・曹祐子
公開日: 2021年6月11日
がん病態栄養専門管理栄養士という職業を知っていますか?
がんの栄養療法に関する専門的知識を持ち、医療チームの一員として栄養指導を行う管理栄養士のことです。 がん患者さんに寄り添い、栄養に関する問題解決を一緒に行っています。 今回は、おいしいはずの食事が苦痛に変わってしまった患者さんのお話です。
私はがん病態栄養専門管理栄養士です
曹祐子と申します。私は管理栄養士として総合病院や大学病院で勤務した後、5年に渡りがん専門病院に従事してきました。その実績が認められ、がん病態栄養専門管理栄養士という資格を取得しました。
がん専門の管理栄養士というと、馴染みがない方もいらっしゃると思います。がんの栄養療法に関する専門的知識を持ち、医療チームの一員として円滑な治療を推進すべく栄養指導を行う管理栄養士です。栄養に関わる問題の解決策についての提議、提案を行ったり、がん患者様やご家族に対する実践的な栄養療法を指導したりする仕事です。
日々、がんという治療が難しい病気と闘っている方、そのサポートをなさるご家族と向き合っていると、食事や治療と生活の共存について、深く考えざるをえないことが起こります。私の経験が病気と闘う方、それを支えるご家族の食卓を少しでも明るくすることができたらと思います。
おいしいはずの食事が苦痛に変わる
病院で栄養士業務に就いていると、さまざまながん患者様やそのサポートをなさるご家族から、相談を受ける機会が多くありました。
この方は確か大腸がん術後の男性です。
手術後1ヶ月ほどが経過し、徐々に手術前の食事内容に戻りつつありました。
そして、経口薬を用いた術後の抗がん剤治療が始まり、本人の希望により通院時には栄養相談を継続して行っていました。
最初はいつもと変わらない表情で栄養相談にこられた男性が、話し辛そうにボソッと一言。
「何か変なんだよな・・」と
よくお話を聞いてみると、
「いつも好んで食べていた物なのに、おいしく感じない」
「なんとなく食欲がないというか、受け付けないというか…。早く元気になりたいし、体力を戻したいんだけどなあ。そう思えば思うほど、食べなくちゃいけないと思ってしまう」
私には不安が不安を呼び、益々心配や不安が大きくなっているように感じました。
この患者様からの言葉のひとつひとつは、決して珍しいものではありません。
初めて抗がん剤治療の副作用を経験した患者様のお言葉です。
病気の種類や病状、治療法に関わらず、治療のために、当たり前であった「おいしいはずの食事」が苦痛になってしまうのです。
決して食べられないほどではないけれど、苦痛が伴う。
そんな時、戸惑いながらも気のせいだと思いたい気持ちが強くなるのか、我慢してしまう方が多いように感じています。
はじめは小さな我慢でも、徐々に苦痛となり、食事自体を遠ざけてしまうことに繋がるのです。
こんな時、管理栄養士である私にできたこと
とにかくはじめはお話を聞くことでした。
その上で、その苦痛がどんな時に感じられるのか、どうなってほしいのか。
また、生活のスタイルやリズム、食べ物の好み、食事に関する考え方などを会話の中から読み取り、その方の想いに寄り添いながら、対策を提案することでした。
食べられないこと、食べられないものと向き合うこと
この男性は、手術後の化学療法の副作用で、味覚が変わりつつあり、食事が思うように楽しめず、悩んでいました。そのようなことは、治療の過程ではよく起こることです。
そんなとき、「食べられないこと、食べられないものをはっきりさせる」ことが有効だと私は考えます。
どんな時に食べ辛いのか、どんなものが食べたくないのかを明確にすることです。
例えば
「おいしく感じない」「食べたくない」「食べると気持ち悪くなる」とか、
「お腹が空くと気持ち悪くなる」「食べ物の匂いが辛い」など。
これらの症状やその強弱、発症のタイミングもひとそれぞれに異なります。
そして対策もまた、さまざまです。
栄養相談を行いながら、会話の中で対策を見つけ出していきます。
抗がん剤治療には投薬期間と休薬期間があり、それを何度か繰り返すことがほとんどです。
どのタイミングで食べ辛くなるのか、また食べやすくなるのかがわかると、辛さが半減するようです。「予測ができると、心も体も備えることができるので楽です」との声も多かったです。
食べ辛い期間は決して無理して食べず、食べられるものを少しずつ、そして食べられる期間になったら次の治療に備えてしっかり食べることで、上手にバランスをとることができるのです。
食事が食べ辛くなってくると、あれもダメ、これもダメ…と食べられないものを探し数えがちですが、「ぜひ、これなら食べられるというものを探してください」とお伝えしていました。
これなら食べられるというものが一つ、また一つと増えることが理想的です。
例えばアイスクリームの「ガリガリ君」や小さなゼリーを凍らした物は大人気でした。
あとは少し酸味のあるオレンジやパイナップルなどの果物、酢の物、コンビニエンスストアのおにぎり、焼きそばやお好み焼きなどソース味の粉物など。
食べたいもの、食べられるものを選ぶことが何より大切です。
食べ辛い時でもこれなら食べられるというものが定まっていることも心強いようです。
食べられたこと、その後の不快感が無かったことが次への自信に繋がるのです。
食べられる喜びが、また次のひと口へと繋がり、抗癌剤と上手に付き合えるようになることもありました。
しかし、食べられるからと一度にたくさん食べないなどの食べる方法も大切です。
食べる量やタイミング、病気の種類によっても気を付けるポイントや対策はさまざまです。
もっと辛い食事不振や味覚障害時の食事についてはまた次の機会にお話しできたらと思います。
相談できる場所はありますか?
「先生には言えないことも栄養士さんには話せてすっきりした」
「自分のことを理解してくれているひとがいることがわかった」
「共感がえられることが嬉しかった」
「同じように感じる人が他にもたくさんいることを知り、自分だけじゃないと思えた」
「またここへくれば相談できると思うと楽になった」
これは栄養相談を受けながら抗がん剤治療を受けていた患者様からいただいたお言葉です。
ひとりで抱え込まず、誰かに話すこと。うちに秘めないことが大切です。
ぜひ食事のプロである管理栄養士にご相談ください。
些細なことも口に出すこと、主治医の先生や医療スタッフに相談することで対策が得られると思います。
そして、いつもそばにいて応援してくれる方が状況を正確に理解してくださることは何より重要です。
お互いを思いやる優しい気持ちが、お互いを苦しめてしまうという場面を数多く経験しました。
直接話し辛い時には、SNSの会話機能を用いたり、絵文字で気持ちを表現する患者様もおられました。文字にすることで、少し優しい表現になったり、伝わりやすくなったりするようです。
メモ用紙に食べられそうなものや希望を書いて、そっと冷蔵庫にはってみてはいかがでしょうか。
一人一人違うからこそ…
今、情報は溢れ、それが故に混乱を招いていることもあるように感じます。
病状や治療法、抗癌剤の種類、副作用もそれぞれに異なります。
お一人お一人の不安に寄り添えるような、また私の経験の中で知り得た知識、経験を少しでも皆様の安心へと繋ぎたいと願っております。
曹祐子
管理栄養士、がん病態栄養専門管理栄養士、病態栄養認定管理栄養士、フードコーディネーター、野菜ソムリエ。管理栄養士資格取得後、国立療養所兵庫中央病院、大阪大学大学院医学系研究科、大阪府立成人病センター、大阪国際がんセンターでの勤務経験を経て現在に至る。