新型コロナウイルスを予防する食事はあるのでしょうか?[食の安全と健康:第1回 文・松永和紀]
公開日: 2021年1月29日
【編集部より】食品の安全性や健康効果をテーマに長年取材を続ける、日本では数少ない科学ジャーナリストの1人・松永和紀さん。本連載では私たちが知りたい食の安全と健康について、松永さんに本当のところを教えていただきます。第1回のテーマは緊急事態宣言が再発令されている今、改めて気になる「新型コロナウイルスを予防する食事はあるのでしょうか?」です。
私たちの素朴な疑問
Q.新型コロナウイルス感染症が心配です。感染予防に効く食品、免疫力を上げる食事とはどのようなものですか?
A.だれもが一致して「これは効く」と認める特定の食品や成分はありません。一部の主張を信じて食品やサプリメント等を摂るのはむしろ体に悪い可能性もあり、何の変哲もない「バランスのよい食事を適量に」が、科学的根拠のもっとも強い方法です。
私はこの20年ほど、食品の安全性や健康効果などを中心に取材し執筆や講演活動を続けてきました。この分野では残念なことに、間違った情報、思い込みによる非科学的な説が氾濫しています。これから月1回、さまざまな角度から食の問題に迫り、科学的根拠に基づく情報をお伝えします。よろしくお願いいたします。
国立栄養研がきっぱり否定
新型コロナウイルス感染症(Covid-19)のパンデミックの中で、私たちはとても不安な毎日を過ごしています。この食品がよい、と聞けばたくさん食べたくなるのは人情ですね。話題に上ったのは海藻類、緑茶、ニンニク、マヌカハニーなど自然の食品、ヨーグルトや納豆、味噌などの発酵食品、ビタミンDやセレンなどのサプリメントをはじめとして、多数あります。
しかし、国内外の情報を収集調査している国立研究開発法人「医薬基盤・健康・栄養研究所」(以下、栄養研と表記)はウェブサイトで「現時点で、新型コロナウイルス感染症に対する予防効果が確認された食品・素材の情報は見当たりません」と明記しています。1)
「効く」ことを確認するには、その食品を食べている人たちのグループと食べていない人たちのグループを比較し、新型コロナウイルスに感染しやすいかどうか調べるなど、各種の試験が必要です。現状ではそのような試験はできず、調べようがないのです。
ビタミンDは、はっきりしない
とはいえ、いくつかの食品・成分では、参考にすべき予備的研究が行われています。たとえば、海外で脚光を浴びるビタミンD。血中のビタミンD濃度を測定し、日頃の摂取が不足している人はCovid-19が重症化しやすい、と結論づけた論文も出ています。しかし、否定的な研究結果もあり、はっきりしません。2)
ビタミンDはもともと、免疫機能によい影響をもたらしインフルエンザや風邪を予防したり重症化を抑えるのでは、と期待され研究が続けられてきました。ただし、「効く」「効かない」両方の試験結果があり、決め手がありません。一方、骨の健康維持に重要な役割を果たしていることは、明確にわかっています。
ビタミンDは食品からの摂取のほか、日の光を浴びることで体内でも作られます。冬は日照時間が短くなるため、欧米の緯度の高い国の人たちは欠乏傾向になりがち。また、Covid-19感染を防ぐため外出自粛が求められる中、人々の日の光を浴びる時間が減って体内ビタミンD濃度が減少している、という調査報告もあります。こうしたことから、サプリメントとして摂取を推奨する国もあり、Covid-19予防の決め手のように伝える海外メディアもあります。
しかし、それがすぐに日本人に当てはまりビタミンDのサプリ摂取が推奨されるか、というと、そうはならないのです。日本人は、ビタミンDの主な摂取源である魚やキノコ類を比較的多く食べています。日照時間も多くの地域で比較的長めです。サプリメントとしての過剰摂取が長期に続くと、高カルシウム血症や腎障害などの悪影響が出てくることもあります。こうしたことから、日本の医療関係者の多くはサプリメントは推奨せず、食事として十分な摂取に努め、人と会う外出などを自粛しつつも意識して日の光を浴びるように呼びかけています。3)
表1 主な食品に含まれるビタミンD量
食品 | 100gあたりのビタミンD(μg) |
---|---|
あんこう肝(生) | 110 |
べにざけ(生) | 33 |
まがれい(生) | 13 |
ひらめ(養殖、皮なし、生) | 2.3 |
うなぎ(養殖、生) | 18 |
まだい(養殖、皮つき、生)) | 7 |
まさば(生) | 5.1 |
さんま(皮付き 生) | 16 |
ぶたロース(大型種肉、脂身付き 生) | 0.1 |
若どりもも(皮付き 生) | 0.4 |
普通牛乳 | 0.3 |
きくらげ(乾) | 85.0 |
乾しいたけ | 17.0 |
生しいたけ(菌床栽培、生) | 0.3 |
えのきたけ(生) | 0.9 |
出典:日本食品標準成分表2020年版(八訂)
ビタミンDの食事摂取基準の目安量は18歳以上の成人で8.5μg/日、耐容上限量が100μg/日となっている
インフルエンザ予防効果も、不明確
食品・成分の中にはほかにも、インフルエンザなどを予防する可能性があるとして研究が行われてきたものがあります。インフルエンザに効くとなれば、新型コロナでも可能性が出てきます。
たとえば乳酸菌やビフィズス菌など「プロバイオティクス」と呼ばれるものの中には、試験でインフルエンザや風邪の症状の一部を抑える効果が認められたものがあります。しかし、信頼度の低い試験の結果であり、それ以外に否定的な研究結果も目立ちます。5)
試験で効果を一度確認すればよいのでは、と思われるかもしれませんが、人を対象とした試験のデータはばらつきが大きいものです。少ない参加者数の試験では、偶然に「効果あり」という結果になる可能性も小さくありません。そのため、複数の試験で効果が支持され、大人数が参加した試験でもよい結果が出ていないと、科学的根拠のある「効く」にはなりません。
ヨーグルトなどよく、「インフルエンザ予防に」などと話題になりますが、根拠は著しく弱い、と言わざるを得ないのです。
納豆やはちみつ、海藻などはそもそも、人での研究結果はなく、細胞実験程度にとどまります。培養された細胞に添加して活性が上がったとしても、人が食べて消化を経て体内で作用するかどうかはまったくわからず、参考にはなりません。
栄養研はウェブページで、たくさんの食品の評価を公表しています。話題になったほとんどの食品が、信頼できる研究結果がないか、あっても複数の研究で結果が一致しておらず効くとも効かないとも言えない結果です。
特定の食品は勧められない
科学的根拠は希薄でも、「話題になった食品を積極的に食べておけば、悪いことはないだろう」と言う人がいます。しかし、特定の食品をたくさん食べるのは勧められません。食品は多様な成分を含んでおり、思いがけない成分等の過剰摂取など栄養のバランスが崩れるおそれがあります。 また、人の胃袋が急に大きくなるわけではないので、特定の食品を多く食べると、代わりに摂取量が減る食品が出てきます。
たとえば、「緑茶」は体に良いから、と何杯も飲んだときに、なにが減るでしょうか? ジュースの代わりに緑茶を、となると、エネルギーや糖分、ビタミン類などの摂取量が減りそうです。緑茶を飲むので、朝のコップ一杯の牛乳を飲まなくなった、となると、エネルギー、タンパク質、カルシウムなどの摂取減となります。とくに高齢者では骨の健康への影響などが心配です。
厚生労働省、WHO共に、バランスのよい食事を呼びかけ
栄養摂取の現状は人によってまちまちなので、簡単に「この食品がよい」「あの食品を積極的に食べましょう」などとは言えません。ところが、あまりにも安易にマスメディアやインターネットメディア等がそんな情報を流しています。
日本の厚生労働省は、「主食、主菜、副菜を基本に、多様な食品を組み合わせたバランスの良い食事で、健康状態を良好に保つことが大切です」と呼びかけています。6)7)世界保健機関(WHO)も、「健康的でバランスのとれた食事によりバラエティに富んだ食品を摂ることが推奨される」とし、精製していない穀物や豆、野菜、果物、ナッツや動物性食品を挙げています。8) 厚労省、WHO共に、「Covid-19を予防する特定の食品はない」と断言しています。
あまりにも当たり前過ぎて、ニュースにはならないでしょう。しかしこれが今のところ、もっとも健康維持に役立つ科学的根拠のある食事なのです。 気をつけても体調に不安がある、という人は自己判断でサプリメントを飲んだりせず、医療機関に相談し血液検査や食事調査などの「栄養アセスメント」を受けて対策を講じましょう。
<参考文献>
1)国立研究開発法人「医薬基盤・健康・栄養研究所」・【新型コロナ|一覧】感染予防によいと話題になっている食品・素材について (更新中) https://hfnet.nibiohn.go.jp/notes/detail.php?no=2142
2)Endocrinology, T. L. D. &. Vitamin D and COVID-19: why the controversy? The Lancet Diabetes & Endocrinology 0, (2021). https://www.thelancet.com/journals/landia/article/PIIS2213-8587(21)00003-6/fulltext
3) Wedge InfinityビタミンDは、新型コロナ対策に有効か?エビデンスを見極める(後編)〜佐々木敏教授(東京大学大学院医学系研究科)インタビュー https://wedge.ismedia.jp/articles/-/19704
4)文科省・日本食品標準成分表2020年版(八訂) https://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/mext_01110.html
5)新型コロナ予防に乳酸菌は効くか?エビデンスを見極める(前編) 佐々木敏教授(東京大学大学院医学系研究科)インタビュー https://wedge.ismedia.jp/articles/-/19686
6)厚労省・新型コロナウイルス感染症を想定した「新しい生活様式」 における栄養・食生活のポイント https://www.smartlife.mhlw.go.jp/common/pdf/plus1tool/reference.pdf
7)厚労省・日本人の食事摂取基準 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html
8)WHO・Nutrition and Food Safety (NFS) and COVID-19
https://www.who.int/teams/nutrition-and-food-safety/covid-19
松永和紀
科学ジャーナリスト。1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。近著に『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。