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食中毒を防ぐのにもっとも効果があるのは、おなじみの“あれ”[食の安全と健康:第5回 文・松永和紀]

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私たちの素朴な疑問
Q.夏が近づくと、食中毒に警戒を、とよく聞きます。防止策はさまざまあると思いますが、もっとも効果が高いのはなんですか?
A.正しい手洗いが基本であり、もっとも効果的とされています。そのうえで、食中毒を防ぐ「三原則」を守りましょう。

気温が高く湿度の高い夏が近づいてきました。微生物(細菌、ウイルス)にとっても増殖に絶好の季節。食中毒も増えてゆきます。

微生物の食中毒というと軽く見られがちですが、実際には「食の安全」における最大の脅威です。厚生労働省によれば2020年、微生物が原因で年間に1万4000人の食中毒患者が発生しました。1)  日本の食中毒統計は、患者が医療機関を受診し検査などを経て保健所に届けられた数。軽めの食中毒であれば医療機関に行かず済ませてしまう人も多いため、実際にはこの数百倍の患者が発生しているとみられます。つまり年間に数百万人が、食品の細菌やウイルスにより発症し下痢や嘔吐、発熱等に苦しんでいます。

食中毒を防ぐ「三原則」がある

食中毒を防ぐには、「付けない」「増やさない」「やっつける」という三原則が重要です。1)

「付けない」は、食べ物に微生物を付けないこと。手にはさまざまな細菌やウイルスが付いているので、調理したり食べたりする前は必ず手洗いをしてください。さらに、肉や魚にも微生物が付いているので、それらを調理した手や調理器具、箸などで、サラダなどそのまま食べるメニューを作ったり食べたりしないようにしましょう。とくに、肉には深刻な食中毒を引き起こす腸管出血性大腸菌やカンピロバクター菌、サルモネラ菌などが付いている可能性が高いとされています。焼肉を楽しむ時には、肉を網に載せるのに使う箸と、食べる箸はしっかり使い分けましょう。

「増やさない」は、湿度も気温も高くなるこれからの季節はとくに注意が必要。室温に置いておくと細菌が増えるので、買ってきた生の肉や魚などはなるべく早く冷蔵庫・冷凍庫へ。加熱調理した後の一品も、なるべく早く食べきりましょう。

「やっつける」では、食材を加熱することで細菌を殺しウイルスの不活化を。とくに高齢者や幼い子どもは、食中毒菌をわずかに口にしてしまうことが重大事につながりがちなので、肉は中までしっかり加熱して食べ、生魚も避けるか控えめにしたほうが安心です。 また、野菜を生で食べる時には流水で洗い、菌やウイルスにさようならするのも「やっつける」の手段です。 まな板や箸などの調理器具は、洗剤で洗ったのちに熱湯やアルコール消毒、次亜塩素酸ナトリウム溶液(塩素系漂白剤)で殺菌をすれば効果的です。

正しい手洗いで、食中毒の5〜6割を防げる?

食品工場でも、三原則に則って衛生管理を行っています。この中でもっとも重視されているのは、意外に思われるかもしれませんが手洗いです。専門家によっては「手洗いをしっかりすれば、食中毒の5〜6割は防げる」というほどです。

実際に、昨年冬から今年春にかけてのノロウイルス食中毒は例年に比べて大きく減りました。新型コロナウイルス感染症対策として手洗いが行われるようになったことで、風邪やインフルエンザ予防につながった、とよく指摘されていますが、もしかすると、ノロウイルス食中毒防止策にもなったのかもしれません。

人は汚いもの。体中に細菌やかびの胞子、ウイルスが付いています。そのため、食品工場では人がなるべく作業しなくて済むように機械化が進んでいます。しかし、どうしても人による作業も必要。人は、作業着や帽子、マスク、手袋などで体中を覆って目だけを出して作業します。 手は食品にもっとも近いところ。そのため、食品工場では手洗いした後に手袋をして万全を期すのです。
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冷凍野菜工場での従業員の作業準備。冷凍野菜は、消費段階で加熱して食べるため、若干緩いが、体中を覆ったうえで作業室に入る前に粘着ローラーをかけて、空中から作業着にうつった細菌やカビの胞子などもとる。加熱せずそのまま食べる食品を製造する工場では、衛生管理がさらに厳しくなる(写真は著者提供)

その手洗いも、正しい方法でする必要があります。食品工場に勤める人は、必ず正しい手洗いの仕方を教わります。厚労省のポスターを見てください。

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出典:厚労省資料

丹念なステップに驚かれるかもしれません。 石けん、ハンドソープを使うのは、殺菌というよりも手に付いた汚れと細菌やウイルスを剥がしとるため。疎かになりがちなのは6の親指と付け根のふくらんだ部分を洗うあたり。しっかり洗ったつもりでも汚れや付いた菌などがとれていないことがあります。8の手首も忘れがちなので、意識しましょう。また、10の手をふくタオルも注意を。布タオルを家族で共用したり何日も使い続けたりすることで、感染を広げることがありますので、タオルは代えて使いましょう。食品工場では紙タオルを用いています。

2回洗いが効果的であることも覚えておいてください。手洗いなしでウイルスが100万個付いている場合、流水で洗うだけでもかなり効果がありますが、約1%、1万個のウイルスが残ります。ハンドソープでしっかりと洗い菌やウイルスを剥がしとると減り、さらに2回洗うことで数個にまで減らすことができます。細菌やウイルスをゼロにするのはなかなか難しいのですが、数個であれば口に入ったとしてもほとんどの菌やウイルスは発症には至らないと考えられています。2)
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出典:内閣府食品安全委員会資料

弁当、テイクアウトは、細菌が増えやすい

今夏は、新型コロナウイルス感染症対策として、自宅から弁当を持参して職場で食べたり、テイクアウトを自宅に運んで食事をしたり、というケースが多くなるでしょう。作ってからしばらく時間をおいてから食べることになるので、その間に細菌が増殖しやすくなります(ウイルスは、食べ物の中で増えることはありません)。3原則に対するより一層の注意が必要です。

自宅で作るお弁当の場合、ごはんやおかずは直前の加熱調理が原則です。しっかり加熱して菌やウイルスを「やっつける」の後に、なるべくすばやく冷やしてから詰めましょう。温かいうちに詰めてふたをすると、蒸気が容器に付いて水滴となりしかも温度が高く、「増やさない」が難しくなり、ごはんやおかずが傷みやすくなります。

「自家製冷凍食品をそのまま入れて保冷剤代わりに」はダメ

お弁当の中身を早く冷やすために冷凍食品をそのまま詰める場合には必ず、自然解凍で食べられることが明記され市販されている冷凍食品を入れてください。衛生管理について業界団体が定めた厳しい基準を守り、作られています。3)

夕飯に作ったきんぴらごぼうや煮物等を冷凍しておいて朝、お弁当にそのまま保冷剤代わりに入れる、という話を時々聞きますが、止めましょう。家庭で工場レベルの衛生管理を行うのは難しく、必ず細菌等が数多く混入しています。これらは冷凍では死にません。細菌がお弁当の中の生温かい環境の中で、食べるまでの間に増えてしまうおそれがあります。 自家製の冷凍品は詰める直前、必ず再加熱して「やっつける」を実行してからお弁当に詰めましょう。

梅干し、抗菌シートは過信しないで

お弁当を彩りよくするミニトマトは重宝しますが、へたは必ずとってください。へたの付け根にいる細菌はへたが付いたままだと洗い流しににくいのです。 ごはんをおにぎりにする場合は、素手ではなくラップや使い捨ての手袋を用いてにぎりましょう。夏場はおにぎりによる食中毒事故例が少なくないので注意を。

お弁当やおにぎりには梅干しを入れて食中毒予防を、と書いてある料理本もありますが、細菌の増殖を抑えられるのは梅干しの周囲のわずかな部分だけです。抗菌シート等も効果には限界があり、過信してはいけません。

お弁当ができあがったら、保冷剤を添えて室温よりも低めの温度で細菌の増殖を抑えて保管し、なるべく早めに食べましょう。 テイクアウトの食事を購入する際には、「付けない」「やっつける」はお店が十分に注意して実行してくれているはずです。私たちにできることは「増やさない」。持ち帰って放置せず、こちらもなるべく早めに食べきるのが大事です。正しく手を洗ってから食べることを忘れずに。安全安心を守っていただきましょう。

<参考文献>

1)厚生労働省・食中毒 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/index.html

2)内閣府食品安全委員会・精講:食品健康影響評価のためのリスクプロファイル〜ノロウイルス〜 https://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20191216ik1?fbclid=IwAR26d4w7ocx0ld5TPOSoWm2agleo0LaKrAr3IWpVOhOebfzAiNcnucdLQ3o

3) 一般社団法人日本冷凍食品協会・自然解凍冷凍食品 https://www.reishokukyo.or.jp/food-safety/room-temp-thaw/

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プロフィール
松永和紀
科学ジャーナリスト。1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。近著に『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。
編集:おいしい健康編集部