国産の食品のほうが安全・安心?[食の安全と健康:第8回 文・松永和紀]
公開日:
2021年8月17日
最終更新日:
2021年8月25日
私たちの素朴な疑問
Q.輸入食品より国産が安全だと思うのですが、国産は高くて買えない時もあり不安です。
A.国や東京都の調査結果などを見る限り、国産の方が安全だとする根拠はありません。
輸入食品に不安を抱いている人が少なくないようです。民間調査機関マイボイスコム(株)が今年6月に行った食の安全に関するインターネット調査で「不安を感じている事柄」の上位は①添加物、②残留農薬、③「輸入食品の安全性」……でした。※1
では、本当に輸入食品は安全ではないのか? それが今回のテーマです。自国の食品が一番よい、安全だと思い輸入食品に不安を抱くのは、多くの国の消費者調査で見られる心理だそうです。輸入食品に対する検査がどの国でも励行され、日本の食品もしばしば、基準違反により輸入禁止措置を講じられています。あれ? 日本の食品は安全ではないの?
実は、安全性の判断はそう単純ではありません。日本の「食」は自給だけでは賄えず、輸入食品にも支えられています。なのに、思い込みで判断するのは相手国の生産者の方々に対して失礼ではないでしょうか。科学的な実態をお伝えします。
国産と輸入食品、残留基準は同じ
まず理解していただきたいこと。輸入食品と国産食品の残留基準は同じです。輸入食品は緩め、というわけではありません。輸入食品は、港や空港で輸入届出の書類を検疫所に提出し審査を受けます。書類チェックや検査を受けた後に税関で通関手続きを行い、国内に流通します。農薬や添加物、抗生物質(動物用医薬品等)、微生物等の基準は、国内食品と同じです。
輸入食品の届出件数は年間約250万件。件数が最も多いのは毎年中国で、2019年は84万件(全体の33%)に上り、2位は、アメリカ(8.9%)でした。一方、輸入重量は同年、計3300万トンあまり。アメリカ(33%)、カナダ(13%)、中国(12%)……の順です。アメリカ・カナダからは主にトウモロコシや小麦、大豆の穀物が大量輸入され、中国からは水産物や農産物など少量多品目が入ってきています。※2
中国が、輸入届出件数の3割強を占め、水産物や穀物、野菜、加工品等、幅広い品目が輸入される。2位以下はアメリカ(8.9%)、フランス(8.6%)、タイ(6.6%)、韓国(5.0%)……と続く。
出典:厚労省・令和元年度輸入食品監視統計をもとに作成
中国は、違反数は多いが違反率は低い
厚労省は、届出件数の8.5%にあたる21万件強を検査し、763件の違反を見つけました。多いのは①中国185件、②アメリカ136件、③ベトナム58件……です。 やっぱり中国が多い、と思いますか? 中国は輸入届出件数が多いので違反も多くて当たり前。届出件数における違反件数の割合を調べると、中国は各国平均よりも低いのです。※2
中国の違反率が低い状況は、10年あまり続いています。ところが、「中国産は危ない」と思っている人が少なくありません。※3
出典:厚労省・輸入食品の監視指導・統計情報をもとに作成
中国産は以前、数々の問題が発覚しました。中国産冷凍ホウレンソウで高濃度の残留農薬が見つかったのが2002年。2005年には、中国産のうなぎから、合成殺菌剤のマラカイトグリーンがしばしば検出されました。マラカイトグリーンは遺伝毒性発がん性が疑われ、日中両国で使用が禁止されている物質でした。
2007年には、中国産冷凍餃子事件が起きました。これは、意図的に高濃度の農薬が投入されるという犯罪で、それまで起きていた問題とは質が異なります。しかし、食べる側にとっては、リスクの高い食品を口にするという点は変わりありません。
こうしたことから、さまざまな対策が講じられました。中国政府は、日本へ輸出できる企業を許可制とし、違反すると許可取り消しとする仕組みを構築しています。中国産を輸入する日本の食品企業やスーパーマーケット等は、現地での指導を強化し、検査などで問題がないことを確認したうえで日本に運ぶ体制を整えました。※4
その成果が、低い違反率に表れているのだと思います。しかし、以前の事件等の印象はなかなか拭い去れません。
国産と輸入食品、調査結果は…
では、国産食品と中国産を含め輸入食品の安全性に違いはあるのか? 厚労省が自治体や検疫所での検査結果等を集計して公表しています。2018年度は計300万件あまりが調べられ、基準値超過の割合は国産0.004%、輸入食品0.009%でした。※5
厚労省の数字や説明ばかり引用されても信用できない、という人も多いかも。ならば、東京都の調査結果を見てみましょう。毎年、計1000検体以上の検査を行い、公表しています。残留農薬は国産、輸入共にほとんど違反がなく、時々輸入食品で基準超過が見つかります。一方、動物用医薬品では、国産の肉や内臓で数点、基準超過が見つかっています。※6
比べて見る限り、私には国産と輸入で差があるようには思えません。 そう書くと、「いやいや、輸入食品は基準超過が多い。やっぱり、輸入食品は危ない」と反論する人もいるでしょう。
ところが私は結果を見てむしろ、輸入食品の関係者はずいぶんと努力しているのだなあ、と感謝したくなるのです。なぜかといえば、国ごとに残留基準はかなり異なるからです。農薬や添加物、動物用医薬品等は、その国の気候風土や病害虫等の種類、食文化等に合うものが製造や使用を申請され、審査を経て許可されます。そのうえで、使用方法が決められ、残留基準も設定されます。したがって海外では、日本には少ない害虫の被害が深刻でその防除のために日本では使われない農薬が用いられる、というような状況も少なくないのです。
その場合、その国では残留基準をクリアしていても、日本に持ち込むと、日本の残留基準を超過する、ということになりがち。その国で使われない農薬や添加物、動物用医薬品については、残留基準が非常に低く設定されているのが普通です。
そのため、海外から日本への輸出を予定する食品は、日本の基準を満たすように日本で用いられることが許されている農薬のみを使うなど、日本仕様の生産や加工を施し、輸出します。私は、中国や台湾、アメリカ等でその取り組みを取材した経験があります。日本に入ってくる輸入食品が、日本の基準をクリアし違反が少ない、という事実は、それだけ日本向けを大切に思い生産・加工してくれている、ということの証しなのです。
日本の食品も、他国で基準超過、廃棄処分に
もちろん、逆も同様です。つまり、国産品で日本の基準をクリアしているから、他国に輸出しても大丈夫、安全と歓迎される、というわけではありません。これまでも、日本ではまったく問題とならないお茶がドイツに輸出され、残留基準超過で送り返されたり、台湾に輸出したりんごが基準超過で廃棄処分となったりするような事例が、幾度となく起きています。
対策を講じるため、農水省は専用のウェブページを作り、各国の残留基準などを生産者やJA等に情報提供しています。見ると、日本の方が諸外国よりも残留基準が高いもの、逆に低いもの、それぞれあることがわかります。※7
日本で輸出に携わる生産者・事業者は、こうした情報を見ながら農産物や加工食品を生産・製造し、各国で喜んでもらおうとがんばっています。
こういうことを知ると、輸入食品の基準超過が国産よりもほんのわずか多いだけ、という現状は、とてもありがたいことである、と私には思えるのです。
「輸入検査数が少な過ぎる」は非科学的
ずいぶんとややこしい話になりました。でも、違反数をもとにして「国産は安全、輸入食品は危険」などと簡単には言えないことはご理解いただけるのではないでしょうか。もちろん、心情的には国産の方が安心かもしれません。しかし、心情による安心と科学的な安全は異なります。
もう1点、日本では輸入検査が十分に行われていない、という主張があります。週刊誌に「輸入点数の1割にも満たない数しか検査されていない。だから危ない」と批判する記事が周期的に掲載されるので、ご覧になった方も多いでしょう。
しかし、この主張は科学的には妥当ではなく、古い衛生管理の考え方に基づくものです。検査は、食品から一部をサンプリングして行われます。数万トンサイズの大型船に積まれた穀物も、一部を採取して検査するだけです。検査した試料は食べられず、廃棄処分となります。たとえ輸入食品全数を検査しても、結局は調べていないものを食べている状況になんら違いはありません。
したがって、全数検査は莫大なコストはかかっても科学的に有効ではありません。そのため、厚労省はこれまでの実績に基づいて違反の可能性の高いものを選び、統計学に基づいてサンプリングして検査しています。また、平行して網羅的に調べる「モニタリング検査」も統計学に沿って行っています。※8
現在の衛生管理の国際標準は、生産や加工の段階で衛生管理のルールを守るという「元から違反を断つ」やり方。検査はそれがしっかりと実行されていることは確認する手段です。厚労省も、二国間協議をさまざまな形で行っています。※8
国際的に見ても、厚労省のやり方が普通です。しかし、やや複雑で一般の人には理解しにくい部分もあり、「検査が足りない」という古い方法論に基づくわかりやすい主張が、どうしても広がりやすいのです。
誤情報に惑わされないでほしい
ほかにも、「アメリカ産の肉には成長ホルモンが使われており乳がん患者が増えている」「輸入柑橘類の防かび剤は危険」などの誤情報がインターネットには氾濫しています。そもそもアメリカでは乳がん患者は減っていますし、日本の残留基準は内閣府食品安全委員会などのリスク評価を経て厚労省が決めており、基準超過した場合は輸入禁止です。厚労省の輸入食品に関するFAQでも、情報のなにが間違いかが解説されています。※8、9、10
特定の食品の話題についてはご要望があればまた別の機会に説明しましょう。残念なことに、国産の安全管理が劣っている面も少なくありません。そうしたこともお伝えしなければなりません。
結局のところ、どちらを食べるかは、消費者の選択に任されます。「日本の生産者を応援したいから国産を」でもよいし、「お値段が安い輸入食品を積極的に活用したい」でもよいと思います。少なくとも、イメージや一部の情報のみで、「輸入食品は危ない」とは言わないでください。日本の食料自給率は38%。輸入食品がなければ、バラエティに富んだ豊かな食卓を維持できないばかりか、栄養不良に苦しむ人が出てくる、というのが現実です。
次回、国産と輸入食品はどちらが環境によいのかを考えます。また、原料原産地表示の新しい制度が来年4月、完全義務化されますので、そのことについても解説しましょう。
<参考文献>
※1 マイボイスコム・食の安全に関するアンケート調査(第7回)
https://myel.myvoice.jp/products/detail.php?product_id=27502
※2 厚労省・令和元年度輸入食品監視統計
https://www.mhlw.go.jp/content/000663993.pdf
※3 厚労省・輸入食品の監視指導・統計情報
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/yunyu_kanshi/kanshi/index.html
※4 厚労省・輸入食品監視業務
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/yunyu_kanshi/index.html
※5 厚労省・食品中の残留農薬
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/zanryu/index.html
※6 東京都・残留農薬等検査結果一覧
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/z_nouyaku/kekka/index.html
※7 農水省・諸外国における残留農薬基準値に関する情報
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/zannou_kisei.html
※8 厚労省・輸入食品監視業務FAQ
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000072466.html
※9 食品安全委員会・牛の成長促進を目的として使用されているホルモン剤(肥育ホルモン剤)
https://www.fsc.go.jp/sonota/factsheet-cowhormone.pdf
※10 厚労省・牛や豚に使用される肥育促進剤(肥育ホルモン剤、ラクトパミン)につ
いて(Q&A)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000150442.pdf
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松永和紀
科学ジャーナリスト。1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。近著に『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)など。2021年7月から内閣府食品安全委員会委員。記事は組織の見解を示すものではなく、個人の意見を基に書いています。