【インタビュー】街全体で高齢者の食事支援ができる仕組みをつくりたい
公開日: 2019年1月18日
人は病気や加齢などの要因から、噛んだり飲み込む力が弱くなることがありますが、「口から食事をとる」ことは、栄養摂取の目的だけではなく、おいしいものを食べるという楽しみでもあります。そして、それは生きる上でとても大切なことではないでしょうか。
歯科医師で、東京・新宿区を拠点に「最後まで口から食べる」ための食支援活動を行っている「新宿食支援研究会」の代表、五島朋幸さんを取材しました。
無いなら作ってしまおう!
歯科の訪問診療が活動を始めるきっかけに
おいしい健康編集部(以下、編集部):今日は、新宿食支援研究会(以下、新食研)の活動、口から食べることの大切さなど幅広くお話をお聞きしたいと思います。
まず、歯科医師である五島先生が、食支援の活動を始められた理由、きっかけを教えてください。
五島さん:はい。1997年から訪問歯科診療を行っているのですが、この活動の中であることに気がつきました。それが、新食研を立ち上げるきっかけです。
編集部:どんな気づきだったのでしょうか?
五島さん:訪問先で、患者さんが非常に困った状況にあるということです。私は主に、高齢者のお宅を訪問しているのですが、訪問歯科診療というのは、ただ口の中を見て処置をするだけじゃなく、訪問先の患者さんと世間話をしたり、時に健康相談をされたり、人生相談もするんですね。
たとえば、訪問時に「前はあまりご飯が食べられなかったけど、ゼリーなら食べられるようになった、でも次にどうしたらいいかわからない」「血糖値が高いんだけど、どうしたらいいか分からない」という話が出たりするわけです。でも患者さんは一人暮らしの方も多く、相談できる人が身近にいないことが多い。
困っていても、相談できる人がいないと、患者さんは問題をそのまま放置してしまいがちなんですね。しかも、何か問題があったとき、軽い症状ならその場で対処すれば済みますが、放置してしまうと、病院に行った段階ではすでに重症化していることが多いのです。
編集部:高齢の単身住まいは、新宿に限らず増えていますよね。
五島さん:そうですね。でも目の前の患者さんは「困って」いるのに、その「困った」状況に私一人だけでは対応できなかった。だから食支援研究会を立ち上げたのです。
歯科医である私は口腔のことは分かるし対応ができますが、食事のことや口以外の部位のことまではケアができない。でも、目の前の患者さんは困っているわけです。
「これ、どうにかしないといけないよね」と。私は口腔内についてのネットワークはあっても、食に関するネットワークは持っていなかったので、「無いのならもう、自分で作ろう」と思ったんです。
編集部 :どのようなかたちでメンバーを集められたのですか?
五島さん:周りの人に「食事の支援をする活動しない?」と声をかけただけです。それなのに、連絡した翌日には14人の仲間が「やりたい」と、手をあげてくれました。
編集部:すぐに14人も! どんな職業の方なのでしょうか。
五島さん:歯科医師、医師、管理栄養士などが多かったでしょうか。最初は14人だったのが、徐々にメンバーが増えて今では150人になりました。
作業療法士、理学療法士などのセラピストが多くて、ケアマネジャー、ホームヘルパー、看護師、薬剤師、民生委員、介護食メーカー勤務の人もいます。
みなさん、それぞれの分野での専門家ですが、実際に困っている方の声を直接聞けるような場って、実は少ないんですよね。そのせいか、「ぜひ加わりたい!」と、積極的に集まってくれたように思います。
大学の医学部では一部の科を除いて、「食べること」について教える科目がないので、「食」について詳しくない医者は多いんです。だから食の知識が豊富な人、そして地域との接点がある人も入って欲しいと思っていました。その点、民生委員さんは一般の人との接点が多いので、教えてもらうことが多くあります。
編集部:たしかに職種が幅広いと、いろいろな「困りごと」に対応できますね。ちなみに「食支援」とはどんなことを指すのでしょうか?
五島さん:新食研では、食支援の定義を「本人、家族に、口から食べたい希望があり、身体的な栄養ケアが必要な人に、適切な栄養管理、経口摂取の維持、食を楽しんでもらう適切な支援をすること」と定めています。
問題は小さなうちに見つけて
対処することが大切
編集部:「口から食べる」ことは生きる上で大切ですが、それはつまり「咀嚼」が重要なのでしょうか?
五島さん:はい。唾液には抗菌作用があるので虫歯や歯周病を予防する働きがありますが、噛むことで唾液がよく分泌されるので、咀嚼は非常に大切です。
それ以上に私たちが問題だと感じているのは、本当に食べられない状況になって、初めて病院などに行く状況になってしまうことです。一人住まいで異変に誰も気づいてあげられなかった、または何か異変があっても本人や周りの人がどうしたらいいのか知識がないと、気づいたときには、口から食べるのが困難になってしまうのです。結果的に、経口栄養などでしか栄養摂取できないような状況になってしまう。
例えば入れ歯に問題があり食事がうまくとれず、やせてしまった。そのことに気づくメンバーが近くにいて処置がうまくできれば、また食べられるようになる。でも、食べられない時期が長くなり、体力が落ちているときに、大きな病気になってしまうと、その頃にはすでに口から食べられなくなってしまっている、ということもあります。
でも、医療のお世話になる前にできることがあると思っていて。その「気づき」を我々メンバーや、地域の人や家族が見つけて早い段階で問題を解決できたらいいなと思っています。