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今の野菜は昔に比べて栄養価が下がっているのでしょうか?[食の安全と健康:第4回 文・松永和紀]

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私たちの素朴な疑問
Q.「昔の野菜は栄養価が高かった。土がダメになって今の野菜は水っぽい」とよく聞きます。本当ですか?
A.そのようなことを言える根拠はありません。昔と今とでは栄養成分の分析法が異なるなど違いが多く、単純比較はできません。

過去の日本食品標準成分表の数値と、比較してはいけない

昔の野菜はおいしく栄養も豊富だったのに、今の野菜は水っぽい。味気ない。土がダメになったからだ……。 こんな話を聞いたことがある人は多いでしょう。国の「日本食品標準成分表」の数値を基に「こんなに下がった」というのです。国の発表データなのですから、信頼できそうな気がします。

たとえば、文部省が1950年に公表した「日本食品標準成分表」では、キャベツのビタミンCは80mg、なのに2020年12月に公表された最新の「日本食品標準成分表2020年版 (八訂) 」では41mgとなっています。同様にほうれんそうのビタミンCは1950年150mgから2020年35mgへ、鉄は1950年13mgから2020年2mgへと、激減しています。 こうした比較を示されて、「今の農業は、化学肥料を用いているので土壌は痩せ細り、野菜の栄養も乏しくなっている」というストーリーが語られると、とても説得力があります。

こうした説は、有名なマンガで取りあげられたこともあり広がりました。今でも時々、ネットメディアなどで報じられ、サプリメントメーカーが紹介することもあります。だから、昔と同じ土作りをしている有機農産物を食べるべきだ、サプリメントで栄養素を補充すべきだ、という論法です。

しかし、日本食品標準成分表を作成、公表している文部科学省はQ&Aで「過去のデータとの単純比較は適当ではない」と明記しています。1)

まず、分析法が変化してきています。たとえばビタミンCは1950年、滴定法で測定されましたが、1980年には比色法、2000年以降はHPLC法で測られています。国立健康・栄養研究所が同じほうれんそうの試料をこの3つの方法で測定したところ、数値が大きく異なり、滴定法がもっとも大きな数字に、HPLC法はもっとも小さな数字になりました。2) 昔は、ビタミンC量が過大に出ていたようです。

分析法は、より正確に測定できるように年々進歩しています。ビタミンCだけでなくほとんどの栄養素で、測定したり計算したりする方法が変わっています。そのため、昔と今の数値の単純比較に意味はないのです。

農林水産物の栄養価は、収穫時期により大きく異なる

そのうえ、野菜や果物など農林水産物は、収穫時期や産地、品種等によっても成分値は変わります。 昔の日本食品標準成分表は、いつ収穫されたものかや品種がよくわかりません。近年はより細かく精密に分析するようになっており、2020年に発表された八訂では、たとえばほうれんそうは、通年平均、夏採り、冬採り、冷凍に分けられそれぞれ生、ゆで、油炒めの数値が掲載されています。種類の多いレタス類は八訂では、土耕栽培・結球/水耕栽培・結球/サラダな/リーフレタス/サニーレタス/サンチュ/コスレタス……という7種類の数値が掲載されています。1) こうしたことから、収載食品数は時代を経て増加しているのです。3)

図1 日本食品標準成分表 収載食品数の推移
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出典:女子栄養大学出版部ウェブサイト
渡邊智子「■連載【1】2020年年末には八訂が公表!「食品成分表」についてお話していきます」
https://eiyo21.com/blog/fd_vol1/
(図『日本の「食品成分表」の収載食品数と成分項目数の変遷』などを元においしい健康編集部が作成)

このような事情を知れば、日本食品標準成分表の過去の数値との比較は不適切とわかるはずなのですが、「昔はよかった」と言いたい人は知らん顔で、未だにこの“トリック”を使うようです。

日本食品標準成分表2020年版では、エネルギー量が減っている

日本食品標準成分表2020年版(八訂)は昨年末に公表されましたが、そのときに話題になったのは、5年前の七訂に比べて、多くの食品でエネルギー量が減っていることでした。これも、食品自体のエネルギー量が減ったわけではなく、より実態に近い方法でエネルギー量を推定計算するようになったためです。 文科省も説明に努めています。くれぐれも「近頃の食品は栄養不足。エネルギーまで下がってしまった」などと語らないでください。

ためしに、日本食品標準成分表2020年版(八訂)から、ほうれんそう(葉)とかんきつ類(生)の主なデータを抜き出して表にしてみました。1) 見ていただければ、品種や加工法、収穫時期などさまざまな要因により、数値に違いがあることがわかります。

表1 ほうれんそう(葉)の加工法や収穫時期等による主な栄養成分の違い
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出典:日本食品標準成分表2020年版(八訂)
夏採りと冬採りで主要栄養成分に大きな違いはないが、ビタミンCのみは旬の冬の方がかなり高くなっている

表2 かんきつ類(生)砂じょうの主な品種による主な栄養成分の違い
(砂じょうは、小袋の中の粒状の果実部分)
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出典:日本食品標準成分表2020年版(八訂)
品種によって栄養成分は異なり、とくに白っぽい果肉の品種はレチノール活性当量が低いことがわかる。植物に含まれるβ-カロテンなどのビタミンA前駆体は、人の体内でビタミンAとして作用するため、換算式によりレチノール活性当量として表される。白っぽい果肉の品種はβ-カロテンの含有量が少ないため、レチノール活性当量は低い。これに対して、うんしゅうみかんは非常に多い

品種は、消費者の好みで大きく変化

とはいえ、個人的に思うのは昔の野菜や果物と今のは違うなあ、ということ。これは、多くの人たちが感じていることでは?

私の取材した印象では、品種の変化に負うところが大きいように思います。土壌の変化ではありません。野菜や果樹の栽培から見れば、たしかに30〜40年前は化学肥料に依存した栽培をしている農家が多くいました。現在の野菜・果樹農家は堆肥や有機質肥料による土壌改善効果をよく知っているので、これらもしっかりと取り入れています。したがって、「化学肥料のせいで……」というのは、現在の農家には当てはまりません。

しかし、品種は大きく変わりました。より柔らかく甘く、という方向に進んでいる、と育種家は口を揃えます。消費者の好みに沿い、よく売れる品種が作り出され、栽培されて売られているのです。

昔のがっしりと硬くて大きい深緑色のほうれんそうと、現在のサラダ用のやわらかい薄緑色のほうれんそうでは、味も栄養価も異なって当然です。トマトも、より甘く、流通時にも硬さを保てるものに、と品種改良が続いています。 このような潮流の中で、消えてしまった品種もあり、昔ながらの品種を作り続けて特徴を出す農家もいるのです。

私が懐かしく思い出すのは、京都での学生時代に食べていた大きながっしりとした水菜です。白菜のような大きさの水菜が公設市場で白菜のように、半分、あるいは4分の1に切って売られていました。東京から引っ越しての下宿生活、京野菜が珍しくて、おばんざいの料理本を見ながら水菜ところ(鯨を乾燥させたもの)を煮て、いただいたものです。お気に入りのおいしい一品でした。

今、水菜は全国で、ほうれんそうや小松菜などと同じように小袋で売られています。40年近く前に見た巨大な株の水菜とは、同じ野菜ではありますがまったく別物です。京都でも、あの大株の水菜はもうあまり見られないそうです。4) でも、品種改良されたおかげで、水菜はサラダでも食べられ、全国で親しまれる野菜となりました。

どうぞ、単純な数値の比較にごまかされないでください。食品の変遷はそれほど単純ではありません。「今どきの野菜はダメ」と切り捨てるのではなく、もっとたくさん食べてもらえるように、と改良され栽培された野菜や果物を、バランスよく味わっていただきたいと思います。

<参考文献>

1)文部科学省・日本食品標準成分表・資源に関する取組 https://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/index.htm

2)小島彩子ら, 日本食品標準成分表の改訂に伴う野菜中のビタミンC収載値の変動に対する分析法の影響,栄養学雑誌 Vol.68 No.2 141~145(2010) https://www.jstage.jst.go.jp/article/eiyogakuzashi/68/2/68_2_141/_pdf

3) 女子栄養大学出版部ウェブサイト 渡邊智子「■連載【1】2020年年末には八訂が公表!「食品成分表」についてお話していきます」 https://eiyo21.com/blog/fd_vol1/

4)まいぷれ[京都市下京区・東山区]・佛光寺さんの野菜市場通信第8号 水菜は京野菜 https://shimo-higashi-kyoto.mypl.net/article/bukkoji_simo-higashi-kyoto/5492

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プロフィール
松永和紀
科学ジャーナリスト。1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。近著に『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。
編集:おいしい健康編集部