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トランス脂肪酸をめぐるファクトを確認してください[食の安全と健康:第15回 文・松永和紀]

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私たちの素朴な疑問
Q. マーガリンは食べるプラスチック。体に悪いトランス脂肪酸が多く入っている…。そう聞きました。危険ですか?
A. それは事実(ファクト)ではありません。トランス脂肪酸は調べられた上で、日本人の食生活に合った対策が講じられています。

世界が排除しているトランス脂肪酸が日本では未だに使用されている。これを多く含むマーガリンは、食べるプラスチックだ。マーガリンを食べてはいけない…。

こんな情報が、ソーシャルメディアでまた流れています。いやはや。こんなふうに分かりやすく“◯◯は悪い、日本は悪い”と告発するフレーズは、何度も繰り返されるものですね。

実際には、トランス脂肪酸については日本でも以前、かなり話題となり調べられ、対策が講じられています。ところが、そのことが人々の記憶から遠のいた頃に繰り返し、冒頭で挙げたような情報が流されるのです。そのたびに、昔騒がれたことを知らない世代が不安に陥り、忘れかけていた人たちも振り回されます。

日本でのトランス脂肪酸問題の位置づけと対策についてお伝えします。ファクトチェックをしましょう。

トランス脂肪酸は冠動脈疾患のリスクを上げる

トランス脂肪酸は、脂質を構成する脂肪酸の一種です。主に、液状の油を「部分水素添加」という技術で固形化するときに生成します。このため、液状の油を固形化したショートニングやマーガリンに多く含まれていました。

自然には存在しないプラスチックの一種、などと言われるのですが、実際にはトランス脂肪酸は自然にも生成し、牛などの反芻動物に由来する乳製品や肉などにわずかですが含まれています。

部分水素添加によってできる固形油は、大きな特徴を持っていました。揚げ物はカラッと仕上がり、ビスケットやクッキーはサクサクとした仕上がりになるのです。マーガリンも、バターの代わりとなりました。乳や家畜の脂に比べて安価で調達しやすいこともメリットでした。

こうして、世界で1950年代から使用量が増え続け、同時に人々のトランス脂肪酸摂取量も増えていきました。

しかし、その後に研究が進んで、トランス脂肪酸がLDLコレステロール/HDLコレステロールの比を大きく上昇させることが分かってきました。LDLコレステロールは悪玉、HDLコレステロールは善玉と呼ばれるコレステロールです。その比が悪い方向へ進むのです。さらに、トランス脂肪酸の過剰摂取は、心筋梗塞や狭心症等の冠動脈疾患のリスクを上げることも明らかとなりました。また、肥満やアレルギー疾患等との関連を指摘する研究も出てきました。

WHOは、総エネルギー摂取の1%未満を勧告

こうしたことから、FAO(国連食糧農業機関)/WHO(世界保健機関) 合同専門家会議が2004年、「トランス脂肪酸の摂取量は総エネルギー摂取量の1%未満とすべき」、とする勧告を出しました。米国では、トランス脂肪酸の平均的な摂取量が2.2%に上っており、心臓疾患は死因の一位。このため、米国では重大問題として市民の関心を集め、加工食品への含有量表示が義務づけられました。デンマークが含有量の上限規制を講じるなど、諸外国の規制強化が目立ってきました。

そこで、日本でも内閣府食品安全委員会が、日本人におけるトランス脂肪酸摂取についてリスク評価を行いました。2012年に評価書を公表しています。

評価書は、日本人のトランス脂肪酸摂取量について、「日本人の大多数が、WHOの勧告(目標)基準であるエネルギー比の1%未満であり、健康への影響を評価できるレベルを下回っていることから、通常の食生活では健康への影響は小さいと考えられる」としました。具体的には、日本人の摂取量の平均値は0.666 g/日(エネルギー比 0.31%)でした。

日本人のトランス脂肪酸摂取量の平均値(総エネルギー摂取量に対する割合)
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※クリックすると拡大します
全年代で、WHOの勧告(目標)基準の1%を下回っている。
出典:内閣府食品安全委員会「食品に含まれるトランス脂肪酸」評価書に関する Q&A

ただし、内閣府食品安全委員会は、「脂質に偏った食事をしている個人においては、トランス脂肪酸摂取量のエネルギー比が1%を超えていることがあると考えられるため、留意する必要がある」としています。評価書内のデータを詳しく見ると、上位1%程度の人は、トランス脂肪酸の摂取量のエネルギー比が1%を超えてしまう、という結果です。

栄養バランスのよい食事を心がける

トランス脂肪酸はヒトに不可欠ではないことから、できるだけ摂取を控えることが望まれます。一方で、脂質は非常に重要な栄養素でもあることから、内閣府食品安全委員会は「栄養バランスのよい食事を心がけることが必要」としました。

また、表示についても消費者庁などが、食品における含有量のパッケージへの表示を義務づけるかどうか検討しましたが、結局は見送りました。

企業は含有量削減に努力

その後も、米国は2018年、トランス脂肪酸を多く含む部分水素添加油脂を「GRAS」(従来から使われており安全が確認されている物質)のリストから外すなどして、トランス脂肪酸排除を強く推し進めています。

トランス脂肪酸摂取はできるだけ減らすべきものです。強硬な米国に比べ、日本は「栄養バランスのよい食事を…」なのですから、あまりにも弱腰。企業の圧力で、規制できないのか? 人々がそう思うのも無理はないでしょう。しかし、実際には食品企業は自主的に、トランス脂肪酸の削減に努めています。技術開発を進め、現在、店頭で販売されるマーガリンはほぼすべて、「トランス脂肪酸低減」をパッケージでうたい含有量は以前の10分の1程度にまで下がっています。業務用のショートニングでも、削減が進んでいます。

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多くのマーガリンが、パッケージの正面でトランス脂肪酸について表示している

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パッケージで表示するとともに、さらにウェブサイトで解説しているメーカーもある
(写真は著者提供)

トランス脂肪酸の影響は、飽和脂肪酸の12分の1

私は、国が規制をせず義務表示にもしなかった大きな理由は、飽和脂肪酸との関係だと思います。飽和脂肪酸は、キャノーラ油やオリーブオイル、ショートニング、マーガリン、バター、肉などさまざまな食品に含まれています。

飽和脂肪酸の摂取目標量(上限)は、「日本人の食事摂取基準」においては、成人で総エネルギーの7%です。実際の摂取量は、成人の半数がこの数値を超えており、日本人はとり過ぎの人が多いのです。飽和脂肪酸のとり過ぎは高LDLコレステロール血症の主なリスク要因であり、心筋梗塞をはじめとする循環器疾患や肥満の危険因子です。

では、トランス脂肪酸と飽和脂肪酸はどう関係するのか?

食品の製品開発・加工において、トランス脂肪酸の低減を目指すと、逆に飽和脂肪酸の含有量があがってしまう、という傾向が見られるのです。つまり、厳しくトランス脂肪酸を規制すると、日本人の飽和脂肪酸摂取量がさらに増えてしまうのでは、ということが懸念されました。

「日本人の食事摂取基準2020年版」は、日本人のトランス脂肪酸、飽和脂肪酸の平均的な摂取量から計算し、「トランス脂肪酸の影響は、飽和脂肪酸の影響の12分の1程度」と明記しています。

この計算の基になったデータに比べ、現在の各食品のトランス脂肪酸含有量は下がっていますので、トランス脂肪酸の影響の程度は、さらに下がっている可能性が高いとみられます。

情報は多角的に調べて判断を

このように日本人の事情を詳細に検討すると、米国と同様の規制を、とはならないのです。英国も、日本と同じように飽和脂肪酸増加を懸念し、トランス脂肪酸の強硬策は講じていません。

「人工的なマーガリンではなく、自然のバターを」と主張する人がいますが、バターの飽和脂肪酸含有量は、一般的なマーガリンの2倍以上です。日本のマーガリン、ショートニングメーカーは、飽和脂肪酸の含有量を上げないように注意しつつトランス脂肪酸の低減に努めており、一部のメーカーはトランス脂肪酸と飽和脂肪酸の含有量をウェブサイトで自主的に開示しています。

食品の対策は、基盤となる食生活や食事量等も考慮したうえで、なにが最善かを検討する必要があります。こうした解析、複雑な事情は伏せて「日本だけ甘い、野放し…」と批判する言説に煽られてはいけないのです。

まずは、栄養バランスのよい食事を心がけることが、飽和脂肪酸とトランス脂肪酸両方のコントロールにつながります。トランス脂肪酸については、国や多数の企業、生協等が情報発信をしています。それらも見て判断していただきたいと思います。

記事は、所属する組織の見解を示すものではなく、ジャーナリストとしての取材に基づき執筆しています。

<参考文献>
内閣府食品安全委員会・食品に含まれるトランス脂肪酸の食品健康影響評価の状況について
農林水産省・トランス脂肪酸に関する情報
WHO(世界保健機関)・WHO plan to eliminate industrially-produced trans-fatty acids from global food supply
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校・Battle of Butter versus Margarine
厚生労働省・日本人の食事摂取基準

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プロフィール
松永和紀
科学ジャーナリスト。1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。近著に『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)など。2021年7月から内閣府食品安全委員会委員。記事は組織の見解を示すものではなく、個人の意見を基に書いています。
編集:おいしい健康編集部
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