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これからの季節、一番怖いのは微生物による食中毒[食の安全と健康:第17回 文・松永和紀]

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私たちの素朴な疑問
Q. 「食の安全」問題で一番気をつけるべきものは何ですか? 農薬? 添加物?
A. 警戒が必要なのは何より、微生物による食中毒です。とくに乳幼児、高齢者、妊婦、ほかの疾患を抱える人はこれからの季節、注意を。

厚労省の食中毒統計では、食中毒の事故は年間1000件程度発生。患者数は1〜2万人で、その8〜9割は微生物が原因です。しかし、この統計では実数は把握できていないとみられています。
数字は、患者が病院へ行き、保健所に届けられて原因が食品と特定されたもの。実際には、届けられていない食中毒が多数あります。

みなさんも覚えがあるのでは?
下痢した原因は明らかに家で食べたこのメニュー、あるいは、あのレストランの食事の後に……という場合でも、1日休んですっきりしたら、あとは、わざわざ病院へ行ったりレストランに連絡したりまではしない人も多いでしょう。

米国では、届出だけでなく、積極的に電話住民調査や検査機関調査などを行い食中毒の実数を推定する「アクティブサーベイランスシステム」が動いています。
日本でも、宮城県を対象に研究が行われており、そのデータを基にした推定により、全国レベルで、カンピロバクター食中毒が統計数字の約250〜680倍 、サルモネラ菌では約25〜330倍の患者が存在している可能性がある、と考えられています。

つまり、日本では年間に、数百万人の食中毒患者が発生しており、私たちは年間に、100人に1人以上の割合で食中毒に見舞われているかもしれません。しかも、症状が深刻で、死に至る場合もあります。
そんなことを知ると、たいしたことがない、と思えていた食中毒が、グッと身近で深刻なものに見えてきませんか?

細菌の食中毒を予防する「3原則」がある

食中毒の原因となる微生物は主に3種類。細菌(腸管出血性大腸菌やカンピロバクター、サルモネラ菌など)とウイルス(ノロウイルスなど)、寄生虫(アニサキスなど)です。
とくに夏場は温度、湿度が高く、細菌が増殖しやすい時期です。

細菌の食中毒を防ぐには「付けない、増やさない、やっつける」の「3原則」が有効です。

「付けない」は、ていねいな手洗いから

まずは、細菌を食品に「付けない」ように、調理や食事前、トイレの後など、手を洗いましょう。
手洗いなんて、と思われがちですが、食中毒対策の専門家が「手洗いをしっかりすることで、半分以上の食中毒を防ぐことができる」と言うほど、重要なのです。

手はきれいに見えても雑菌だらけなので、石けんや液体ソープなどを用いて洗い、清潔なタオルで拭きましょう。2度洗いが効果的です。

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出典:厚生労働省ウェブサイト

まな板や包丁、箸、ボウルなど調理器具から菌が移ることもありますので、調理の順番にも気をつけ、器具も使い分けましょう。

「増やさない」は冷蔵庫や冷凍庫の活用を

細菌を「増やさない」ためには、まずは冷蔵庫や冷凍庫の活用を。真夏の室温に食品を放置すると、細菌1個が4時間後には約1万個にもなります。低温にすると菌の増殖が抑えられます。

ただし、4℃以下の低温でも増殖できる食中毒菌もいます。冷蔵庫、冷凍庫も過信はせず、なるべく早く食べるのをおすすめします。

「やっつける」は、加熱が効果的

細菌を「やっつける」には、加熱しましょう。
食材の中心部が75℃になる条件で1分間以上加熱すれば、ほとんどの食中毒細菌は死にます。

とくに、鶏刺しや鶏たたきなど鶏肉の生食はカンピロバクター食中毒の原因となります。
健康な人であればそれ自体は重症にはなりにくいのですが、食中毒症状から回復した後、ギラン・バレー症候群という筋力低下やしびれなどを引き起こす疾患が後遺症として生じる場合があります。
鶏肉は必ず加熱して食べましょう。

また、野菜にも細菌が付いていることがあります。
そのため、生で食べる場合には流水でしっかりと洗い菌に「さようなら」してから食べましょう。

【食中毒を防ぐ3原則の主な内容】

付けない

・調理前や食事前、トイレの後など、しっかり手を洗う
・調理器具は使うたびによく洗う
・調理の順番に気をつけ、生の魚や肉を扱った調理器具で、非加熱で食べるサラダなどを作らないようにする
・使い捨て手袋やラップを上手に利用する
・肉は洗わない

増やさない

・購入した肉や魚、惣菜などはすぐに冷蔵庫に入れて低温保管し、なるべく早く食べる
・マイナス15℃以下では菌の増殖が止まるため、冷凍庫も上手に利用する
・お弁当は中に詰めた食品が冷えてからふたをし、食べるまでの保管には保冷剤も活用する

やっつける

・肉や魚は中心部まで75℃で1分以上加熱して菌や寄生虫などを殺す
・野菜はよく洗う
・調理器具も熱湯や塩素系漂白剤などで消毒する


アニサキスにも注意を

細菌のほか、最近目立つのは寄生虫による食中毒。とくに、サバ、アジ、イカ、イワシ、サンマなどによくいるアニサキスには気をつけましょう。

冷凍や加熱で「やっつける」ことができます。「酢で〆ればよい」「醤油とわさびで殺菌」などと言われますが、これらは効果がありません。

微生物の食中毒対策は、あまりにも当たり前すぎて新味がなく、おざなりになりがち。しかし、冒頭で説明したとおり、死や重い後遺症にもつながるものです。
とくに、高齢者や乳幼児、妊婦やほかの疾患を抱える人などは、症状が重くなりやすく注意が必要。私は、これらのハイリスクの人には、刺身やスモークサーモン、輸入ナチュラルチーズのほか、明太子、浅漬けなど、食べる前に加熱しない調理済み食品(Ready-To-Eat=RTE食品)は食べないようにすすめています。

多くの人は農薬や添加物を気にして微生物の食中毒を気にせず、対策の優先順位がおかしくなっています。「予防の3原則」から始めましょう。

<参考文献>
厚生労働科学研究費補助金(食品の安全確保推進研究事業)「と畜・食鳥処理場における HACCP 検証方法の確立と食鳥処理工程の高度衛生管理に関する研究」令和2年度分担研究報告書
厚労省・食中毒

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プロフィール
松永和紀
科学ジャーナリスト。1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。近著に『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)など。2021年7月から内閣府食品安全委員会委員。記事は組織の見解を示すものではなく、個人の意見を基に書いています。
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編集:おいしい健康編集部