読む、えいよう

妊娠中、チーズは食べてよい? リステリア菌食中毒を防ぐ賢い食べ方[食の安全と健康:第18回 文・松永和紀]

2458

私たちの素朴な疑問
Q.チーズが好きなのですが、妊娠したら食べてはいけない、と聞きました。本当ですか?
A. 海外で、ナチュラルチーズによりリステリア菌食中毒が多発しています。リステリア菌感染は妊婦や胎児に深刻な影響を与える場合があるため、日本でも厚生労働省が注意を呼びかけています。加熱殺菌が有効です。

SNSで最近、「妊娠した。リステリア食中毒が心配なのでチーズは食べない」という書き込みが目立ちます。一昔前、リステリア菌を気にする人はほとんどいませんでした。その頃から注意喚起の記事を書いていた私としては、皆さんがこの菌の食中毒に注目するようになってひと安心。

しかし、チーズは全部ダメ、と思い込んでいる人が多いのは残念です。チーズはおいしく良質なたんぱく質源。無類のチーズ好きの私としては、チーズの全否定は防ぎたい。リスクを封じ込める選び方、食べ方をしてほしいのです。

リステリア菌は、土壌や河川、魚や家畜の腸管などに普通にいるため、食品も汚染されることがあります。感染して発症すると、発熱や嘔吐、頭痛などに苦しみ、重症化すると髄膜炎や敗血症、意識障害やけいれんにつながります。

症状の個人差が大きいのもこの菌の特徴で、健康な人は多少の菌数なら口にしても発症しません。ところが、高齢者や乳幼児、疾患を抱えている人などは少ない菌数摂取でも発症し重くなりやすく、とくに妊婦が感染した場合は早産や流産につながったり、胎児に影響したりすることもあります。

日本ではリステリア菌による食中毒の報告はないのですが陰に隠れているだけで、年間に200人程度が感染しているとみられています(食中毒だけでなく、感染者からの感染等も含む)。

欧米では、集団食中毒がしばしば発生しており、主な原因食品はナチュラルチーズや生ハム、スモークサーモン、肉や魚のパテなど。この菌は低温でも増殖可能なうえ、塩分にも強いという特徴があるため、冷蔵庫に長期保存され食べる前に加熱せずに食べる食品が食中毒の原因となりやすいのです。 70℃以上の加熱で殺菌できます。

プロセスチーズは加熱殺菌されている

チーズには、ナチュラルチーズとプロセスチーズがあります。問題となりがちなナチュラルチーズは、乳のたんぱく質を酵素などで凝固させ熟成させたもの(熟成させないものもあります)。乳酸菌を加えたりカビをつけたりする工程もあり、菌が生きている製品が多くあります。衛生管理が難しい食品です。

フランス食品環境労働衛生安全庁(ANSES)が過去10年間にフランスで発生したサルモネラ菌、リステリア菌、腸管出血性大腸菌の集団感染を解析したところ、それぞれ34%、37%、60%が生乳から作られたチーズの摂取に関連している、という結果でした。 イタリアなどでも、ナチュラルチーズからよくリステリア菌が検出されています。

一方、プロセスチーズはナチュラルチーズを粉砕して加熱溶解させ乳化して作るため、菌は死んでおり、食中毒という観点からはより安全、と言えます。

原料によってリスクが異なる

さらにややこしいのは、ナチュラルチーズにも種類があること。フランスのデータで、“生乳から作られた”という表現があることにお気づきでしょうか。 原料として、加熱殺菌しない“生乳”を用いているか、加熱殺菌した乳で製造しているかで、リスクはまったく異なるのです。原料の乳の段階で加熱してあれば、牧場や牛由来のリステリア菌をこの段階で殺菌でき、食中毒のリスクは大きく下がります。

ところが、フランスやイタリアなどでは生乳からチーズを作るという伝統的な製法をとる工房が一定数あり、 “昔ながらの本物”として尊重されています。しかし、牧場、土壌などの自然環境は微生物がいっぱい。よい微生物もいますが、人に害を与える微生物もウヨウヨ。生乳の汚染を防ぐのは容易ではありません。こうしたことが、ナチュラルチーズによる食中毒多発につながっているようなのです。

2447

ちなみに、欧米では、チーズに限らず加熱殺菌しない牛乳や山羊の乳を生乳、Raw Milkとして歓迎する自然志向の人たちがいて、よく売られています。その結果、チーズと同様に食中毒が相次いでいます。欧州食品安全機関や米国食品医薬品庁などが、Raw Milkは食中毒リスクが高いと注意喚起しています。

科学的に選んで食べる

ナチュラルチーズは海外から日本に大量に輸入されています。その中には、生乳から製造され、微生物が死滅する加熱工程がまったくないままできあがったチーズもあります。多くは高価な製品です。厚生労働省の輸入検疫や事業者の自主検査などが行われ、リステリア菌が基準値を超過した食品は輸入されません。

しかし、検査は多数から一部をサンプリングして調べる方法を取らざるを得ず、フランスでの実態調査など見る限り、検査の網をすり抜けリステリア菌に汚染されたチーズが国内でも流通する可能性があります。

残念ながら、ほとんどの輸入ナチュラルチーズは、生乳から製造したか、チーズの製造工程でリステリア菌が死ぬような加熱条件があるか、というような詳細情報が日本語では表示されていません。こうしたことから、「チーズは食べるな」というような単純化した情報にまとめられがちです。

でも、もう少し細分化して科学的に対処したい。 まず、前述したようにプロセスチーズは加熱殺菌済み。パッケージに「プロセスチーズ」と表示しなければならない、と決まっていますので、購入時に確認して選ぶことができます。 また、ナチュラルチーズの中でも缶入りのものは、チーズが出来上がった後に缶に入れて加熱してありますので、大丈夫です。

そのほかのナチュラルチーズは、お店の人に殺菌した乳を原料としているかどうか尋ねて判断しましょう。ピザやグラタンのような、食べる直前にしっかりと加熱する調理法がとられていれば菌は死に、ナチュラルチーズでも安全に食べられます。

間違った情報、古い情報に注意

インターネットでは、生乳から作られたナチュラルチーズについては、「昔ながらの伝統製法、生乳で作った本物だからおいしい」となどと、もてはやす無責任な情報が散見されます。リスクにも目を向けましょう。

また、「妊婦は国産チーズなら食べてよい」とする記事やブログが目立ちますが、それは間違いです。国内では生乳はほとんど流通しておらずチーズも作られていなかったことからそうした説があるのですが、近年、日本のチーズ工房の中に、殺菌していない生乳を用いてチーズを製造するところが出てきたそうです。「輸入は危険、国産は安全」は思い込みです。

国内大手メーカーのナチュラルチーズの中には、「本品は包装後、加熱殺菌しております」などと表示してある製品もあります。こうしたものなら、妊婦や高齢者なども食べられます。

また、国産ナチュラルチーズの表示をよく読むと、そのまま食べるのではなく「加熱用」とメーカーが決めて表示している製品も多数あります。メーカーは、消費者が安全にその食品を食べられるように製法や容器に注意し、食べ方も規定しているのです。表示をよく読んで従い、わからないときにはお客様相談室に電話して尋ねましょう。

RTE食品に注意。ハイリスクの人はとにかく加熱を

リステリア菌は、健康な人なら問題なく食べられるものが、妊婦や高齢者や子ども、病気の人などにとってハイリスクになる、という点で対処が簡単ではありません。欧米では、チーズに限らずRTE食品(消費者が購入後に加熱調理しないで食べるもの:Ready-to-eat foods)への注意喚起が近年、熱心に行われています。チーズのほか生ハム、スモークサーモン、作り置きのコールスローサラダなどが事例として挙げられています。

2448

※クリックすると拡大します。
厚生労働省作成の消費者向けパンフレット。注意するポイントが細かく解説されている。出典:厚生労働省ウェブサイト

また、メロンが原因の大規模なリステリア食中毒事件も、アメリカやオーストラリアで起きています。アメリカのケースは、出荷用施設が菌に汚染されておりメロンの編み目に菌が入り込んだとみられており、高齢者を中心に30人以上がなくなり流産する人も出る大事件となりました。

和食でも浅漬け、明太子などのRTE食品からリステリア菌が検出した例が報告されています。むやみに怖がる必要はありません。しかし、妊婦や高齢者などハイリスクの人は生もの、RTE食品全般に気をつけ、加熱調理を上手に利用してほしいと思います。

<参考文献>
厚生労働省・リステリアによる食中毒
内閣府食品安全委員会評価書「食品中のリステリア・モノサイトゲネス」
食品安全委員会食品安全関係情報詳細・フランス食品環境労働衛生安全庁(ANSES)、生乳から作られるチーズ及びその他の乳製品における、微生物学的ハザードの存在に関連したリスクの管理方法に関する意見書を公表
欧州食品安全機関・Raw drinking milk: what are the risks?
アメリカ食品医薬品局・Listeria (Listeriosis)

「食の安全と健康」バックナンバーはこちら

これからの季節、一番怖いのは微生物による食中毒
輸入レモンは危なくない。古い情報に惑わされないで
トランス脂肪酸をめぐるファクトを確認してください
白い砂糖は悪者か? 長く続く誤解はもうそろそろ払拭を
賞味期限切れでも食べられる。保存方法もチェックを
「おもち」だけじゃない、パンなどでも多発する窒息事故

松永和紀さんの記事一覧

プロフィール
松永和紀
科学ジャーナリスト。1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。近著に『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)など。2021年7月から内閣府食品安全委員会委員。記事は組織の見解を示すものではなく、個人の意見を基に書いています。
おいしい健康いまなら30日間無料おいしい健康いまなら30日間無料
編集:おいしい健康編集部