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フッ素樹脂加工フライパンをめぐる情報を読みときます[食の安全と健康:第19回 文・松永和紀]

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私たちの素朴な疑問
Q.フッ素加工のフライパンは危ないと聞きました。使っているのですが、大丈夫でしょうか?
A.複雑で多岐にわたる情報が混同されて「危ない」と語られています。現時点では、フライパンやホットプレートなどのフッ素樹脂コーティングは問題がないとされています。

フッ素加工のフライパンは安全なの? と尋ねられました。 フッ素は禁止されたらしいよ。とても危ないものらしい。だったら、フッ素加工フライパンが危ないね…。あやふやな情報が飛び交い、不安になっている人が多いようです。事情をわかりやすく解説します。

現在問題となっているのはPFOSやPFOA

フッ素は、元素の名称で化学式ではFで表されます。主にフッ素と炭素でできた化学物質が有機フッ素化合物と呼ばれ、特定の有機フッ素化合物をたくさんつなげた(重合させた)高分子化合物がフッ素樹脂と呼ばれます。

フッ素という元素自体は禁止されてはいません。歯科医院で虫歯予防のために塗られるフッ素や歯磨き粉に入っているフッ素は、今回取り上げる有機フッ素化合物やフッ素樹脂とは化学的に異なる存在の仕方をしているので、混同しないください。

現在、大きな問題になっているのは、有機フッ素化合物の一種のパーフルオロ化合物と呼ばれるものです。海外では、ほかの類似の化合物と合わせてPFASと総称されています。熱や薬品に強く水や油をはじくなどの性質を持ち、食品包装紙、衣類の撥水加工、接着剤、ワックス、泡消火剤などに幅広く使われてきました。半導体工場などでも用いられてきました。

パーフルオロ化合物にはさまざまな種類がありますが、一部の化合物は有害性が高く発がん性を指摘する研究もあり、環境中で分解されにくいという性質も持っています。そのため、禁止の方向へと進んでいるのです。 国際的には、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)で対処の方針を規定。日本も締結しており、各々の物質について「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(化審法)等により規制を講じています。

既に、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)は製造・輸入が禁止に。そしてペルフルオロオクタン酸(PFOA)も2021年、禁止となりました。 さらに、ペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)も、PoPs条約で原則禁止となることが先月決まり、日本国内でも禁止に向けて検討・手続きが始まっています。 以下、禁止されている3つの化合物の化学構造式になります。

図1 PFOS、PFOA、PFHxSの化学構造式
PFOS
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※クリックすると拡大します。

PFOA
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※クリックすると拡大します。

PFHxS
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※クリックすると拡大します。

フッ素樹脂はPFOSやPFOAとは別のもの

これらとは別の物質としてフッ素樹脂があります。有機フッ素化合物を数多くつなげたプラスチック。いくつかの種類があるのですが、最も一般的なフッ素樹脂はポリテトラフルオロエチレン(PTFE)です。 図2で化学構造式を示しました。CF2を図では8つしかつなげていませんが、実際のPTFEは、CF2が大量につながってできています。

図2 PTFEの化学構造式
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※クリックすると拡大します。

プラスチックと言っても、身近にある加熱すると溶けてしまうようなものを想像しないでくださいね。プラスチックにも多くの種類があり、PTFEは熱に強く、水や油をはじき食品などがくっつきにくく、汚れても簡単に掃除できるという性質があります。

このPTFEをアルミニウムなどで作られたフライパンにコーティングしたのが、フッ素樹脂加工フライパンです。フッ素加工フライパンとも呼ばれています。ちなみに、テフロン加工とよく言いますが、最初にPTFEを開発した企業が名づけたブランド名がテフロン。現在では、ほかの企業もPTFEを製造していますが、テフロンが一般名詞のように認識されています。

このほか、マーブルコート、ダイヤモンドコート、ハードコートなども、説明書にはフッ素樹脂を使用していることが明記されています。ホットプレート、炊飯器、オーブンシートなど、多くの家庭用の調理器具でも使われています。

PTFEは、発がん性をはじめとする毒性も調べられており、国際がん研究機関は「ヒトに対する発がん性について分類できない」としています。ほかの機関でも発がん性や生殖毒性等は指摘されていません。剥がれ落ちたコーティング片を飲み込んだとしても、吸収されず排出されます。

ただし、フッ素樹脂は360度以上の高い温度で加熱しすぎると有害な物質が発生し吸い込むとインフルエンザに似た症状になる、との報告があり、加熱しすぎないように注意が必要です。ラットや鳥類への影響が大きいとも指摘されています。

情報の混同、昔の事情が、誤解につながっている

ではなぜ、フッ素樹脂加工フライパンは危ない、との誤解が広がってしまったのでしょうか?

まずは、パーフルオロ化合物と混同されている面があります。図1と図2の4つの化学構造式をよく見比べてください。CF2がつながっているのは同じですが、PFOS、PFOA、PFHxSはCF2の先に、それぞれ違うものがくっついており、性質も毒性も異なります。しかし、混同して語っている人たちがいます。

さらにもう一つ。実は、フッ素樹脂とPFOAは昔、関係がありました。PTFEを製造する際に反応助剤などとしてPFOAが使用されていたのです。PFOAには発がん性を指摘する意見があり、そのため、フッ素樹脂加工フライパンは危ない、という話につながりました。

しかし、日本国内では樹脂メーカー3社がPFOA削減を推し進め、2013年末までにフッ素樹脂製造時のPFOAの使用を完全にやめています。調査でも、フライパン等の調理器具にはPFOAはほとんど残留していない、という結果が得られています。

環境中に残っているパーフルオロ化合物が焦点

まとめると、フライパンをはじめとするフッ素樹脂で加工した調理器具の使用については空焚きなどせず適切に使っている限りは、今のところ、心配しなくてよい、と個人的には考えます。 一方、PFOSやPFOAについては今後、その名称をさらによく聞くようになるでしょう。原則として製造や輸入は禁止ですが、便利さ故に過去に使われたものが土壌に残留したり地下水を汚染したり、環境中に残っています。

排出源として推定されているのは、これらの化合物の製造や使用をしていた工場、泡消火剤を用いる空港などの施設、廃棄物処理施設、下水道処理施設など。環境中にあると、井戸水の濃度が高くなったり、土壌に残った分が作物に吸収されたり肉・魚に蓄積したりして、食べることにもつながります。

今、世界中で有機フッ素化合物の毒性研究が進められ、食品や水、環境中の濃度なども調べられているところです。日本でも調査が行われています。懸念のない調査結果も多いのですが、国がパーフルオロ化合物について暫定的に定めた目標値を超え、市民運動が活発化している地域もあります。

調査・研究はまだ、まったく足りず、進展が求められます。便利だった化合物の “負の遺産”をどうするか? 社会全体で科学的に検討し対処してゆく必要があります。

<参考文献>
食品安全委員会・フッ素樹脂ファクトシート
食品安全委員会・パーフルオロ化合物ファクトシート
一般社団法人弗素樹脂工業会・ふっ素樹脂取扱マニュアル改定11版
環境省・「水質汚濁に係る人の健康の保護に関する 環境基準等の見直しについて」(第5次報告)
環境省・残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)の附属書改正に係る 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)に基づく追加措置について
環境省・有機フッ素化合物全国存在状況調査

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プロフィール
松永和紀
科学ジャーナリスト。1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。近著に『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)など。2021年7月から内閣府食品安全委員会委員。記事は組織の見解を示すものではなく、個人の意見を基に書いています。


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編集:おいしい健康編集部
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