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電子レンジで加熱した食品の安全性は?[食の安全と健康:第22回 文・松永和紀]

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私たちの素朴な疑問
Q.電子レンジで調理すると栄養価が損なわれたり、電磁波による影響があると聞きました。本当ですか?
A. 危ないという確たる根拠はありません。世界保健機関は「通常のオーブンで調理した食品と同じように安全であり栄養価も同じ」と説明しています。

最近、「電子レンジで調理するのは危険」とか「電子レンジにかけると栄養成分の9割は破壊されてしまう」などの説がSNSで流れています。実は、この「電子レンジ危ない」説、昔から日本だけでなく欧米でも何度も繰り返し流布されてきました。便利に使っているものが実は危ない、という情報はインパクトがあって人目を引きます。一方で、まったく逆の「電子レンジ加熱で栄養を逃さず食べる」というレシピもあります。どう考えたらよいのでしょうか?

なぜ、電子レンジで加熱できるの?

電子レンジは、電磁波(マイクロ波)で食品を温めています。2.45ギガヘルツの電磁波を食品に当てると、食品に含まれる水分子が回転・振動して熱が生じ、食品全体が温まります。電磁波は、陶器やガラスなどの水を含まない物質は透過し、金属は反射します。

電気用品安全法に基づき、電子レンジから漏れる電磁波の電力密度にも規制がかけられており、日常生活の中で普通に電子レンジを使用する限りは、電磁波を浴びるリスクは考えなくてよいでしょう。電子レンジで調理した後の食品に電磁波が残っているわけでもありません。

栄養成分は破壊されない

SNSでは、電子レンジ調理により、L型アミノ酸が自然界には存在しないD型アミノ酸に変化し、それが体内で正常に代謝されない、という説が流れています。この説は1980年代に提唱されとくに乳児用ミルクで話題になったようですが、その後に検証され、D型アミノ酸の量は他の加熱法と違いがない、という結論に落ち着いています。

また、ブロッコリーの電子レンジ加熱で97%のフラボノイドが破壊された、という報告が2000年代に出ましたが、これも否定されています。2019年の報告によると、茹で調理ではかなりの量のフラボノイドが湯に流出してしまうのに対して、蒸し調理や電子レンジ調理ではロスはわずか、あるいは逆に少々増えるという結果でした。

日本の文科省は、「日本食品標準成分表2020年版」で、じゃがいもやスイートコーン、ブロッコリー、たいせいようさけなどについて、生や焼き・蒸しなどの伝統的な調理、電子レンジ調理について、栄養成分量を示しています。
これを見ると、水溶性のビタミンCなども水煮だと流出してしまうのに対して電子レンジでは保持されることなどがおわかりでしょう。

じゃがいも塊茎皮なし 可食部100gあたりの主な栄養成分
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Trは微量、トレースの意味
生のじゃがいも100gを水煮すると97g、蒸しと電子レンジ調理は93gとなる。

スイートコーン 可食部100gあたりの主な栄養成分
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生のスイートコーン100gをゆでると110g、電子レンジ調理は88gとなる。

ブロッコリー花序 可食部100gあたりの主な栄養成分
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生のブロッコリー100gをゆでると111g、電子レンジ調理は91gとなる。

たいせいようさけ養殖皮付き 可食部100gあたりの主な栄養成分
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たいせいようさけ養殖皮付き100gを焼くと78g、電子レンジ調理は91gとなる。

発がん性は懸念なし

また、発がん物質が生成するのでは?という説もありますが、その根拠もありません。世界保健機関(WHO)は、通常のオーブンで調理した食品と同じように安全であり栄養価も同じ、と説明しています。

加熱調理によってできる発がん物質「アクリルアミド」については、電子レンジで生成するかどうかが比較的詳しく調べられています。アクリルアミドは、食品中の一般的なアミノ酸であるアスパラギンと糖(ぶどう糖や果糖など)が120℃以上で加熱されると化学反応を起こし自然に生成します。日本の農水省は「いも類や野菜など油分が少ない食材を電子レンジで加熱する場合、食材の温度は120℃以上にならないため、アクリルアミドはできにくいと考えられます」と説明しています。アメリカ食品医薬品局(FDA)も、皮付きじゃがいもを茹でたり電子レンジで加熱する調理ではアクリルアミドは生成しない、と説明しています。

弁当や冷凍食品からの化学物質溶出は?

ここまで「問題ない」という話ばかりでしたが、気になる情報もあります。電子レンジ加熱により、容器などから溶出する化学物質の影響です。
名古屋市立大の研究者らが、環境省の大規模な疫学調査「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参加した94062組の親子のデータを解析したところ、お母さんが妊娠中に週1回以上の市販弁当、または週1回以上の冷凍食品を食べていた場合、妊娠12週以降の死産のリスクが上がりました。一方、レトルト食品、インスタント食品、缶詰食品というその他の調理済み食品の摂取頻度と死産は関連がありませんでした。

研究者は「これらの食品の包装に含まれる化学物質に起因する可能性があり、それらは、電子レンジ加熱で増えた可能性がある」とします。しかし、この研究では因果関係は証明できていません。こうした調理済み食品、冷凍食品は糖質や脂質、飽和脂肪酸等の摂り過ぎや食物繊維の不足につながりやすいなどの性質もありますが、そうしたほかの影響を取り除けていない可能性もあります。論文ではこの研究の持つ限界が説明されているのですが、研究が報道される段階ではこうした科学的な疑問はあまり伝えられず、不安を覚えた人もいたようです。判断には、今後の研究が必要です。

日本では、器具・容器包装に関する規制が2018年の食品衛生法改正により変更され、新制度が導入されました。これまでは、原則としてどの物質も使用してよく、毒性が強い物質の含有量や溶出量を規制する「ネガティブリスト制度」でした。今後は安全性を評価した物質のみを使用可能とする「ポジティブリスト制度」となります。

これまでも国内業者の自主基準はあり、安全が脅かされていたとはみられていません。が、今後はより厳しいリスク評価やリスク管理が求められることとなります。

現在のところ、WHOや欧米など先進国の政府機関は、電子レンジを食の安全を脅かすものとはみなしていません。SNS等で「電子レンジは危険だ」とする情報は多くの場合、根拠が書かれていないのです。出どころがわからない情報に振り回されないようにしましょう。

<参考文献>
つくばサイエンスニュース・電子レンジは水を振動させている?
日本電機工業会・電子レンジの仕組み
BBC Future・Is it safe to microwave food?
Harvard Health Publishing・Microwave cooking and nutrition
農水省・食品中のアクリルアミドに関する情報
アメリカ食品医薬品局(FDA) Acrylamide and Diet, Food Storage, and Food Preparation
Petrucelli L et al. D-aspartate and D-glutamate in microwaved versus conventionally heated milk. J Am Coll Nutr. 1994 Apr;13(2):209-10.
Vallejo F et al. Phenolic compound contents in edible parts of broccoli inflorescences after domestic cooking. J Sci Food Agric. 2003 November; 83(14):1511-16
文科省・日本食品標準成分表・資源に関する取組
Tamada H et al. Impact of Ready-Meal Consumption during Pregnancy on Birth Outcomes: The Japan Environment and Children's Study. Nutrients. 2022 Feb 20;14(4):895.
厚労省・食品用器具・容器包装のポジティブリスト制度について

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プロフィール
松永和紀
科学ジャーナリスト。1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。近著に『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)など。2021年7月から内閣府食品安全委員会委員。記事は組織の見解を示すものではなく、個人の意見を基に書いています。


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編集:おいしい健康編集部
文:松永和紀